最近、ソーシャル界隈の学生との繋がりが増えてきました。
いやーどんなコミュニティでも知り合いが増えるっていうのは楽しいもんです。

そこで良く聞くようになった言葉で「問題意識」っていう言葉があります。
「障害者をしょうがい者という表記にしろ」みたいな発想なんだと思うんだけど、俺はこの言葉がすごい嫌いです。

あ、別に最近知り合った人達が嫌いなわけでは無いので、そこんとこよろしく!
むしろ、おもろい奴らだなと思っとります。


話しを戻して、障害者については違和感を覚えないので、なんでだろうな~ってずっと思ってました。
で、こういう事なんじゃないかなと思うことをつらつらと書いていきます。

結論からいうと、問題が自分達ではなく外部にあるように責任を押し付けている感じがするんです。

そして「問題意識」と同時に持たなければいけない「意識」があるんじゃないかと。
その問題を自分のこととして考えられる能力、「当事者意識」が必要なんじゃないかなと。

「当事者意識」が少ない事柄について議論しているのを見ると、お前らホントにそんな事思ってんのかよって思っちゃうんです。

これは多分演劇のスタッフやってた事で癖になった事だと思うんですが、誰かを見ていてどの程度心からの発言なのか観察しています。

良くある違和感を覚えるパターンとしては

・自分が何かに嫌悪感を抱いている事柄を社会問題というキレイな表現にして「問題意識」にする
・「問題意識」を持っている人が多いコミュニティだから「問題意識」を持たなきゃいけないという強迫観念

のふたつがあると、観察の結果、勝手に思っています。

まず、ひとつめは嫌悪感を抱くという事が悪い事だという概念が染みついっちゃっているのでしょう。

別に嫌悪感を抱くことは悪いことじゃ無いと思います。
人間の危機管理能力のひとつですから。
当事者として発言した方が説得力があるのに要らないプライドが邪魔しちゃっています。

当事者の発言はとても強いです。
自分に自信を持って、嫌なことは嫌と言った方がかっこいいし効率的ですよ。

次にふたつ目のパターンについて
これは簡単です。
このコミュニティが問題だと思います。

そこより気になるのが、このパターンの人辛くないかな?って事ですね。

趣旨からズレるので、強迫観念についてはまた書く事にします。

まぁこれだけ言っておきながら、残念ですが俺が「当事者意識」を持ってる事は少ないです。
自分の周りのことで精一杯です。

実はホームレスの家にホームステイした事もありますが、彼らは彼らなりに楽しくやってますよ。
勝手に彼ら抜きで机の上だけで議論して失業率が問題だなんて言っていてもしょうがないじゃないですか。

ちょっと前の生活保護不正需給の問題も数字の上だけでの議論になっていて、結局ただの芸能人のスキャンダルで終わってしまいました。

もっともっと自分が当事者になってることから考えていきませんか?
ホントにその問題を実感していますか?

もし実感してなかったら現場を見に行くのもひとつだと思います。

リアルだけではわからないことも多いですが、ネットだけでもわかりませんよ。

本当にホームレスの人達は不幸なのか、、、とかね。

ただ一つ言えることは、間違いなく世界は改善出来ることであふれているということです。

ちゃんと当事者の意識を持ちましょう。

まぁやっぱり

(当事者意識のない)問題意識という言葉が嫌いです。

俺はとりあえず佐々木俊直さんの当事者の時代という本を再読しようと思います。

じゃ、ワークショップで再会する人達は「問題意識」がどうたらの宿題がんばりましょうw